スポーツ観戦中に見た選手の膝つき行動とその場の雰囲気を知りたい方へ

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Colin Kaepernick(Kap)の抗議から10年が経っても、NFLは黒人の支持と資金で回り続け、離れた人は「変な目」で見られやすい——著者はそれをsystem justificationとadvantageous comparisonで説明する。

今日、ちょっと気持ちが沈む出来事があった。怒りというより、落ちていく感じ。で、落ち着いたあとに残ったのが、妙な悲しさと、半分だけの絶望だ。

話の発端は、Arizonaのbarbershop。たまたま居合わせた、知らない男性が会話に引き込んできた。テーマはNFL。誰がどこへ移籍した、あのトレードは損だ得だ、スタッツがどうだ——そういうやつ。統計を並べて「価値」を決める口ぶりが、黒人の男を“家畜の品定め”みたいに扱っているように聞こえて、正直、気分が悪くなった。

短く言うと、吐き気がした。ほんとに。

barbershopで起きたこと:会話の中身より「反応」が問題だった

相手はこう聞いてきた。「(延々としたスタッツの話)を(別の延々としたスタッツの話)に替えるのって、バカじゃない?」みたいな調子で。

こっちは返事をシンプルにした。「まったく分からない。何も知らない」。冷たいと言われるかもしれない。でも、関心がないことは関心がない。ここ、はっきり示したつもりだった。

なのに終わらない。いわゆる「スポーツが好きな人」の粘り方で、相手は続けてくる。

「じゃあCardinalsファンなんだろ?」と。Arizonaに住んでいるから、そう思ったのかもしれない。そこは分からない。

だから、こちらも早めに言った。

「違う。NFLは観ない。Kapが膝をついてから、ほぼ10年。あれ以来、観てない」

その瞬間の相手の顔。比喩だけど、魂が抜けたみたいだった。現実でCTRL-ALT-Deleteが起きた、みたいな。

で、相手が次の質問を口にする前に、こっちから聞き返した。ここからは、店にいる「場」全体に向けた問いになっていったと思う。

「どうして、NFLを観ないと言うと、いまだに変な目で見られるんだ?」

「彼らは、俺たちが彼らの中でどんな位置に置かれているかを見せた。だから俺は、二度と支えないと決めた。それだけだ」

「じゃあTargetは? Metaは? Walmartは?」——論点ずらしの連鎖

ここからが、いちばん“それっぽい”。相手はNFLを正面から擁護しない。代わりに、Target、Meta、Walmart、さらにはNBAまで持ち出してきた。要するに「お前だって完全に離脱できてないだろ?」という方向。

でも、こちらは全部切った。No。No。No。……そういう感じで。

妻と一緒にWNBAは支援している、とも伝えた。理由はシンプルで、女性を支援するから。以上。そこに別の“かっこいい理由”は足さない。

それでも残る疑問は消えない。むしろ、はっきりした。

なぜ、Kapの「膝」から10年経っても、NFLへの引力はほとんど弱まらないのか。

なぜ、距離を置いた側が少数派みたいに扱われ、時に「敵」みたいに見られるのか。

10年後もNFLの引力が落ちない理由:数字が示す「離れていない現実」

著者は「俺の思い込みじゃない」と言う。数字がある、と。ここは感情論だけで終わらせていない。

最近のsurvey dataでは、Black adultsの42 percentが「熱心なNFLファン(avid NFL fans)」だと答えている。これは他の層と同等、あるいはそれ以上だという。

つまり、黒人ファンはフットボールから「離れていない」。むしろ逆の動きすらある。引力が弱まらないのは、弱まる時間が十分に与えられなかった、という言い方もできる。

ただし、下がった瞬間はあった。反発が生々しかった時期、20162017のシーズンで、NFLのratingsはdouble digits落ちた。

そして、あるJ.D. Powerのsurveyでは、「視聴を減らした」層のうちmore than a quarterが、国歌時の抗議(anthem protests)を理由に挙げたという。ここは著者にとって、集団的な反応が効く、という“証拠”になっている。

でも、2019になるとratingsはfive percent上がり、著者の比喩で言えば、悪い関係にまた戻ってしまった。リセット。なかったことみたいに。

……この「戻り方」が、たぶん一番きつい。下がった、効いた、と思ったのに、また元に戻る。しかも、何事もなかった顔で。

概念の全体像(社会的圧力・数字・心理メカニズムの関係)
概念の全体像(社会的圧力・数字・心理メカニズムの関係)

「商品」は黒人のまま:労働力と権力の非対称

NFLの“中身”は変わらない。著者はそこも直球で書く。プロダクトは黒人抜きでは成立しない、と。

NFLのロースター(rosters)にいる選手のうち、黒人はjust over half。年によって揺れはあるが、だいたい5354 percentだという。米国の主要プロリーグの中でも、NBAを除けば最も高い比率だ、と著者は述べる。

一方で、リターンはどうか。著者の書き方は苛烈だけど、論点は明確だ。黒人が身体を張って、脳震盪、関節置換、そして競技がもたらす短い寿命(shortened life expectancy)まで背負うのに、権力の席は別の場所にある。

黒人ヘッドコーチの比率はabout 9 percent

そして、majority Blackのチームオーナーはzero。

Not one. Not ever, in over a hundred years.

多数派の労働力が、少数派の所有構造の下で回される。しかも、その労働力は「告発者(whistleblower)」のような存在——ここではKap——を、10年経っても現場に戻せない。著者はそこに、ビジネスとしての残酷さを見ている。

「Black dollarsを引き上げろ」は抽象じゃない:買う力の話

著者が言う「starve the system of Black dollars」は、スローガンとしての比喩ではない、という位置づけになっている。金の流れの話だ。

黒人のbuying powerは$1.8 trillionを超え、推計によっては$2.1 trillionに近づく(depending on whose estimate you trust)。著者は「丸め誤差じゃない」と言う。規模として、無視できないレバレッジだ、と。

ただ、そのレバレッジが「日曜ごとに」NFLへ流れ、結局は自分たちへの無関心(indifference)を資金面で支えてしまっている——著者はそう捉える。

ここ、冷静に読むとしんどい。熱い言葉の裏にある計算が、やけに単純だから。金が流れれば、組織は延命する。延命した組織は、変わらなくて済む。以上。

暴力の話を避けない理由:per capitaで「nearly three times」

著者は「リンチ」という言葉を引っ込めない。強い言葉だけど、本人は「データがそう言っている」としている。

具体的には、警察による殺害について、U.S. law enforcementが黒人を殺す割合は、白人に比べてper capitaでnearly three timesだと述べる。これは「毎年」「10年にわたる一貫した追跡(consistent tracking)」の中で、という書き方だ。

さらに著者は、2024が警察暴力にとって記録上もっとも致命的な年(deadliest year)だったとし、年間で「誰も殺されなかった日」はten daysしかなかった、と続ける。

I'm not being dramatic. I'm being exact.——著者はそう自己規定する。ただし、ここで追加の実証や出典を積み増すのではなく、原文の射程のまま提示されている点は押さえておく必要がある。

核心メカニズム(system justification/advantageous comparison)のイメージ
核心メカニズム(system justification/advantageous comparison)のイメージ

横目の正体:system justification(システム正当化)という心理

barbershopで受けた「変な目」は、フットボールの好みの話ではなかった——著者はそこを核心に置く。

名前がある。system justification(システム正当化)。説明は残酷なくらい単純だ、というトーンで語られる。人は、いちばん傷つけられている側ほど、そのシステムをいちばん強く守ることがある。ダメージがあるのに、ではなく、ダメージがあるから。

なぜか。著者の説明はこうだ。システムが自分に不利で、しかも簡単には離れられない——その現実を毎日直視するのは疲れる。だから脳は、より“安い計算”を選ぶ。つまり、システムはだいたい公平、だいたい修正済み、だいたい大丈夫、と見なすほうが楽になる。

その前提に立つと、相手の反応も違って見える。魂が抜けたみたいに見えたのは、NFLを観ないことが衝撃だったのではなく、著者が「声に出して」言った内容が、相手の神経系が長年考えないようにしてきたことを、公共の場で露出させたからだ、と。

著者は「失礼ではなかった」と書く。不都合だった(inconvenient)だけだ、と。そこに違いがある、と。口より先に身体が知っていた、という言い回しが続く。

……この辺り、言葉の温度が上がる。でも、論点は散らさない。相手を“悪人”と断定するのではなく、反応の型を説明している。

「Targetも同じだろ?」の仕組み:advantageous comparison(有利な比較)

もう一つ名前がある。advantageous comparison(有利な比較)。論点ずらし、というより「逃し弁」に近い。

構造はこうだ。誰の金も完璧にクリーンではない、という方向へ話を広げる。そうすると、自分の支出も裏切りではなく「普通」になる。みんな同じ、世の中そういうもの、という空気ができる。選択の痛みが薄まる。

著者は、相手がTargetやMetaやWalmartやNBAを持ち出したのを、このメカニズムとして読む。そして自分が「No」を積み重ねたことを、相手の矛盾を隠すための“不一致の借用”を許さなかった行為だと位置づける。

言い換えると、相手は「自分だけが妥協している」状態に耐えられない。だから「妥協は普遍だ」と言いたくなる。著者はそこに手を貸さなかった。だから壊れた。そういう流れだ。

短く言うと、気まずさを共同体で薄めたい、という動き。そこに“横目”がつながっていく。

チームはアイデンティティに食い込む:だから離脱者は「矯正」される

横目、詮索、決めつけ(「じゃあ〇〇ファンだろ?」)、話題を終わらせない粘り。著者はそれを、低強度の社会的強制(social enforcement)として見る。

チームは単なる娯楽ではなく、日曜の儀式、家族の伝統、父親や故郷、近所の仲間との結びつきになりやすい。だから、チームを離れることは、脳のどこかで「家族を離れる」「ブロックを離れる」「自分を離れる」に近い感覚として読まれる。

そうなると、集団は離脱者に“反論”するだけでは足りない。離脱者を「戻す」必要が出てくる。著者は、barbershopで起きたことをその縮図として扱っている。

で、ここが嫌なところなんだけど——離脱者が増えなくてもいい。離脱者に横目を向け続ければ、それだけで十分だ。次に誰かが「じゃあ自分も」と思いかけた瞬間に、ブレーキがかかるから。

「receipts」:10年分の出来事を、時系列の芯だけ残して並べる

著者は「レシート(receipts)」という言葉を使う。言い逃れできない記録、というニュアンスだろう。ここは感情の発散ではなく、出来事の積み上げとして提示されている。

Kapが最初に膝をついたのはten years ago today。場所はSan Diego。隣にはEric Reidがいた。

著者は「姿勢の問題ではなかった」と書く。数日前にKapが言っていた、6つの言葉——国旗の下の国が「Black people and people of colorを抑圧する(oppresses)」のなら、立たない——その主張が核だった、と。

そしてKapは、それ以来プレーしていない。復帰のチャンスがあっても、毎回、静かに消えた、と書かれる。

Kapは、リーグが自分を雇用から排除するために協調したとして、collusion grievance(共謀の申し立て)を行った。NFLは陪審の前で争うのではなく、settled(和解)した。著者はこの点を、リーグが説明の場を避けた、という含意で語るが、断定の形にはしない(原文もその含意の線に留まっている)。

さらに、This past FebruarySuper Bowlは彼の古いスタジアムで行われたが、リーグは彼の名前を一度も口にしなかった、と著者は言う。

Just this morning、KapはNBC Newsに対し、NFLとは完全に決別したと述べ、状況をblackballing(締め出し)と呼んだ、と書かれている。

そして、in two weeks、彼の本が出る(His book drops in two weeks)。ただし書名はここでは示されない。読者には特定しづらいが、原文も同じ情報の粒度だ。

これらは「古い話」ではない、と著者は強調する。未解決のまま、Kapのキャリアにコストを払い続けさせている一方で、リーグは$20 billionのシーズンを締めた、と。

結論:10年後も「不都合な人」でいる、という選択

著者は、自分が絶望に近い場所にいることを隠さない。a hair short of hopeless。泣きそうになりながら書いている、とも言う。そこは主観の告白として、そのまま残る。

ただ、主観だけでは終わらせない。10年分の出来事、数字、構造、心理メカニズム。それらを「声に出して計算する」人が、店の中で少ない——著者はそう感じている。

WNBAへの支援は「埋め合わせ」ではない、とも書く。支援は止まるのではなく、どこかへ流れる。だから自分たちは、別の場所へ流した。それは純粋さ(purity)の競争ではなく、注意深くいること(paying attention)だ、という言い方になる。

全員が離れる必要はない。必要なのは、離れた人に横目を向ける文化を弱めることだ——著者の文章を、ここではそう読める。

10年経っても、著者はまだ「不都合な存在」だと言う。そして、そのままでいる、と。

補足・まとめのイメージ(「離脱」と「資金の流れ」の再配分)
補足・まとめのイメージ(「離脱」と「資金の流れ」の再配分)

クレジットと案内(原文の体裁を整理)

Written by Dr. Leo Croft

Behavioral Scientist | Cultural Strategist | Member of the American Psychological Association

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