ヒップスターは本当に資本主義の反逆者だったのか?意外な文化の転落物語


Summary

インスタグラムで#ヒップスター検索すると出てくる洒落た写真たち——あれって本当に『反体制』なの?ふと手編みのマフラーを触りながら考えた、カルチャーと資本主義の意外な関係性 Key Points:

  • ヒップスター文化のルーツは、資本主義から距離を置いたアート系コミュニティだったけど、今じゃインスタ映えする古着やアウトドアブランドがトレンドに。自分も巻きひげとフィルムカメラ持ってるけど、これって本当に『反逆』なのかな…とふと思った
  • 昔のヒップスターは貧乏なアーティストが多かったらしい。今ではSNSで「〇〇あるある」ネタにされるほどメジャー化。私の周りにも、毎週ディープなカフェを開拓してる友達がいるんだけど、彼らのInstagramは完全に商業アカウント化してる
  • 結局ヒップスター文化は資本主義に飲み込まれた?いや、たぶん最初から消費社会の「穴」を見つけるのが得意な人たちだった気がする。だってヴィンテージショップ巡りだって、今じゃ立派なマーケットだし
結局ヒップスターとは、時代ごとに形を変える消費社会の鏡のような存在だったのかもしれない

ヒップスター文化って、いつからだったっけ。たしか二〇〇〇年代後半から十年ちょっとの間くらいがピークだったような気もするけど、正確にはわからないな。東海岸あたりだと、「中心地」みたいに言われていた場所もあったし、自分も何度かヒップスターと間違えられたりした覚えがある。いや、実際そのグループに混じっていたことが何度かあっただけなのかもしれない。

ヒップスターって呼ばれていた人たちは、お金持ちの家出身というイメージがそこそこ強かった気がする。有名なエリアでいうと、ウィリアムズバーグとかジャージーシティ、それからシアトル方面にも似た雰囲気の地区はあった。ファッションだと、黒縁でちょっと大きめなメガネをしている人が目立っていたし、その格好自体を真似る子も増えていった。

政治や社会について語る時にはリベラル寄りなんだけど、独特の距離感というか、「他とは違う」みたいな空気をまとわせて話す人も少なくなかった印象。ただ、その感じが嫌味に捉えられることも結構あったと思う。

音楽の趣味もバラバラで、ロックっぽいものやインディーズ系、それと電子音楽とか…要するに「普通じゃ選ばれない」ような曲を熱心に探して聴いている姿がちらほら見られた。「これは自分しか知らない」と言いたそうなタイプというか。でも、その辺りのラインナップは時々記憶違いになりそうだ。

資本主義を「拒否」しているように見せつつ、自分たちの作るアート作品(正直ピンキリ)をそれなりのお値段で売る様子もちょこちょこ見受けられた。「職人気質」という単語や「クラフト」っぽさを押し出すことで付加価値を付けているんだけど、それが良い悪いというより単純に流行現象として面白かった。

コーヒーへのこだわりは尋常じゃなくて、一部では豆選びや淹れ方論争まで発生していたほど。食べ物についても、新しいもの好き・珍しいもの好きみたいな傾向はずっと続いていて、例えば一時期はベーコン入りなら何でもありがたく頂く、といった風潮すら広まっていた時期もある(多分七~八年前くらい?)。

全部ひっくるめて振り返れば、ヒップスター文化自体はいろんな要素をごちゃ混ぜにした結果、生まれて消えていったものなのかもしれない。でも当時それぞれの流行や小さなブームには、それぞれ理由や背景がぼんやり存在していたと思う。これだけ断片的だと全体像は掴みにくいけど…。

なんとなくブログとかポッドキャストをやってみたり、SNSに頻繁に何か投稿してる人、ちらほら見かけるよね。あと、インスタントカメラを好む人とか、アーバンアウトフィッターズの服を着ている若者も結構いる気がする。そういえば、男性だとひげをクルっと巻いてることもあるし、女性は痩せ型で手編みっぽいマフラーとか帽子身につけてたり…どこかで聞いたことあるような話になっちゃうけど、自分にもそういうところがあるって認めざるを得ない。でも、それだけじゃヒップスターとは言えないかなと思っていて。

ヒップスターというカルチャー自体は最初のころ、資本主義から少し距離を置きたいアート系の人たちが集まったコミュニティだったみたい。たぶん数十年前くらい前の話かな。元々は「普通」や「大衆的」なものから外れて、自分たちで古着屋巡りしたりして独特な世界観を大事にしていた感じ。ただ、その頃の雰囲気としては、本当にお金が無くて芸術活動に没頭していた人も多かったらしいんだよね。「ヒップスター=貧乏なアーティスト志望」みたいなイメージさえあったとどこかで聞いた覚えがある。

途中で話がそれたけど…まあ今では、その意味合いもちょっと曖昧になってきてる気がするし、「自分にも当てはまりそう」だからといって即ヒップスター認定されるわけでもない、と私は思う。
Extended Perspectives Comparison:
ヒップスター文化の変遷要素
消費行動の変化ヒップスターは高級品や特別感のある商品を追い求める傾向があった。
親から受け継いだ財産経済的背景が生活様式や価値観に影響を与えていた。
資本主義への反発と同化当初は資本主義に対抗する文化だったが、最終的にはその中に取り込まれてしまった。
左寄りから右寄りへのシフトヒップスターたちの思想が徐々に右寄りになってきた現象も見受けられる。
アートと創作活動の重要性一部には今でも真剣にアートを大切にする人々が残っている。

2010年代のヒップスター像とは?黒縁メガネからアーティザンコーヒーまで

ジェームズっていう元恋人のことを、ふと思い出す。あの人は流行る前から、ちょっと変わったヒップスターだった気がする。ただのおしゃれ好きとは違って、本当に手持ちがほとんどない時期でも、頭は冴えてた。どこかで見つけてきた廃棄食材を使って何か作ったり、歩道の端っこに落ちてるものを上手く拾ってきたり…。そういう生活術みたいなもの、なんとなく身についていた。

当時――二十年近く前だろうか――世間全体が「これを好きになれ」みたいな空気で埋め尽くされてたように思う。今よりもずっと強めに。テレビとか雑誌とかから、「こういう格好しなさい」とか「こう考えるべき」みたいなメッセージが押し寄せてきて、それに逆らうと何となく暮らしづらかった。仕事にも響いてしまうこともあったと聞いたし、人によっては知り合いから距離を取られたりもしたとか。

そんな中で、ヒップスターという言葉が少しずつ広まってきた頃。その頃のヒップスター達は、どちらかと言えば飾らないアーティスト志望者みたいな雰囲気だったかなぁ。地下音楽のイベントにもよく顔を出していた印象。主流メディアが取り上げないような表現者や活動家へのリスペクトも見受けられた。でも…まあ、そのスタイルには目立つ特徴と同時に、小さな引っ掛かりというか、不安定さも漂っていたような…。

今思えば、大勢には届かなかった良さや価値観も混じり合っていて、その分だけ少し複雑だった気もするけどね。

エモや「シーン」と呼ばれていた界隈から離れた人たちが、何となくその後に加わるようになってから、あの雰囲気もどこか変わった気がする。原因は人だった…と言われることもあるし、自分もそう思うことがある。ヒップスターって昔はごく一部で、あまり自分たちを名乗ったりしなかったような…。でも、時代が進むにつれて流行扱いされ始めて、その頃から少しずつ居心地が悪くなったように感じる人もいるみたい。

二〇一〇年になる前後には、もう雰囲気がかなり変わっていた。今振り返ると、出会ったヒップスターの多く(もちろん全員じゃないけど)が、本当に好きなのかよく分からないものまで話題にしていたような気がする。他の人たちを驚かせたいとか、自分の周りに馴染まないものを好んでいるフリをしているだけ、と受け取られる場面も見かけた。

「インディーっぽさ」が大事だと考えている人ほど、他人への態度が厳しいこともあったし、そういう空気感についていけなくなる瞬間もあった。全部ではないけど、中には独特な優越感や排他性を感じさせる場面もしばしばあったと思う。ただ、その印象や経験は見る人によって違うし、一概には言えない部分も多いかな、と今は思う。

本物のヒップスターだった元カレ・ジェームズのゴミ箱ダイビング生活

なんだか、ほとんど全部のことが知らず知らず競争になっていた気がする。誰もが一段上を目指していたような…。それでいて、皮肉にも企業たちは結局ヒップスターたちを自分たちのやり方で活用し始めていた。思い出すと、やたらと資本主義への反発を口にしながら、そのくせ自作コーヒーとかクラフトビールとか何やら特別なモノを自慢している人がそこそこいた。そういう流れだったのに、気づけば彼ら自身が「なんちゃって資本家」みたいになったという話も耳にしたことある。

主流っぽいヒップスター文化の変化も興味深かった。どちらかというと消費者としてかなり積極的になっていった印象。その時代、「おしゃれ」とされるラインはブランド側から見ても売り込みやすかったし、実際、それなりに自由になるお金を持つ人が多かったせいか、とにかく「私はヒップだぞ」と証明するために色々買い物していた感じも見受けられた。

企業側はそういう動きを観察していて、「あ、この層なら対応できそうだ」と判断したんじゃないかな…いや、実際どうだったかは全部知ってるわけじゃないけど、少なくとも商品展開や広告などがぐっと寄ってきたようには感じたことがある。「トレンド」っぽさだけじゃなくて、その消費意欲みたいなものごとターゲットにされた気配、大げさではなく七十人中三十人くらいはそんな空気感じていたんじゃないかなぁ。

いつだったか、ほぼ全部がヒップスター向けに売り出されていた時期があったような気がする。たしか、彼らは何でもないものにも結構なお金を使うというイメージで語られていて、それも一因だったのかもしれない。そういえばキャンベルスープも、不確かながら「職人風」みたいな感じでちょっと変わったスープを出してたことがあったような…。ただ、そのへんのヒップスターたちは「いや、所詮キャンベルだし」と言って全然買わなかったとも聞く。でも実際には、そこそこの数の人がその手の商品に飛びついた…ようにも見えた。

どこかで、アーティストっぽい空気を醸したい人々なのに、本当の意味で自覚してるかどうかは分からない。Pitchfork Magazine(音楽系雑誌)に名前すら出てこなければインディじゃないとかいう妙な基準までできて、「隠れた存在」という元々の意味合いが薄れてしまった印象もある。それに、「職人」や「クラフト」とラベルされた物を買わなきゃヒップスターとして認めてもらえない――みたいな雰囲気も漂っていた気がする。財布事情なんてさておき、とりあえずブランド物や特別感のある商品ばかり追い求める姿勢は目立っていたんじゃないかな。

まあ、背景には親から受け継いだ財産や貯金も少なくなくて、それが仕事選びや日常のお金遣いにも影響していたとも言われている。ただ、それだけでは説明しきれない部分も多くて、今振り返ると色んな要素が絡み合っていたようにも思える。実際のところ、「カウンターカルチャー」を掲げながら、その証明として高級品を買うという行動はちょっと不思議だった気もしなくはない……

ヒップスターたちが気づかないうちに資本主義の道具になっていた皮肉な現実

そうだな、もしかしたら元々そういう流れだったのかもしれない。七、八年前くらいだったかな、ヒップスター界隈でやたらと「資本主義っぽいもの」ばかりが話題じゃなくなってきた頃があった気がする。正確な年はちょっと曖昧だけど、その前後で“ランバージャック風”というか、髭面でクラフトビール片手に自転車(あれなんて呼ぶんだっけ…フィクシー?)乗ってる人たちが目立つようになった覚えがある。それでね、何となく左寄りの雰囲気が薄まってるように見え始めた。

まあそのきっかけみたいなのは、人によって違うと思うけど、自分の場合は自然派の母乳育児とかをこだわる人達を見かけるようになった時期だったかな。昔からオーガニック好きではあったみたいだけど、どうにも変な違和感もあった。いつの間にか広告でも、ヒップスター系の男性向け商品はより男らしいイメージ押し出してきている感じだったし。

もう少し経つと、ヒップスター文化自体はピークを過ぎて、新しい流行や見た目に取って代わられていった印象もある。その後になると、多くの人にはヒップスターと言えば七、八年前辺りのYouTubeコメンテーターとか古いイメージとしてしか残らなくなったんじゃないかな。何というか、その背景に一体何が起きていたんだろう、とぼんやり考えることもあった。

ブルックリンでは、あいかわらずヒップスターらしき人たちをよく見かけるし、雰囲気は昔とそれほど変わっていない気もした。でも、大半のヒップスターたちはどこに行ったのか、なぜ彼らの振る舞いが微妙に変化しているように感じられたのか――そんな疑問が頭をよぎったことがある。数年前、二〇一〇年代半ばあたりだったかな、「ニプスター」って言葉を耳にした時に、なんとなくその答えが分かった気がした。「ニプスター」という呼び方自体はナチスとヒップスターを掛け合わせた造語で、いつ頃から使われ出したのか正確には覚えていないけど、大体十年くらい前からドイツ辺りで流行り始めていたそうだ。ネオナチ系の若者たちがニューヨーク風の古着や髭スタイルに憧れて真似しだしたとか聞いたこともある。

その頃だったと思う、有名になったネットタレントやコメンテーターも何人かいて――ベイクド・アラスカとかミロ・なんとかポリス、それからギャビン・マッキネスみたいな名前が挙げられる事が多かった。特にマッキネスは少し特殊な存在で、元々バイスっていう左寄りでヒップスター支持層にも人気なメディア出身だったんだよね。「ヒップスター文化の立役者」とまで呼ばれていた時期もあり、本当に影響力は無視できなかった。

でも、その後彼は割と露骨に右派寄りになってしまい、それまでも微妙な発言はちらほらあったものの、その方向性が決定的になったことでヒップスター界隈もざわつき始めて。結果的に大雑把だけど「左っぽい勢」と「ナチ的な勢力」に分裂しかけた、と語る人もいる。バイス側も最終的にはマッキネスとの関係を切ることになり、その出来事自体が当時この分裂騒動が結構本格的だったことを物語っているようにも思える。今振り返ると、全部がそう単純だったわけじゃないんだけど…。

2014年以降、リベラルだったヒップスターたちに何が起きたのか

最近、まあ何年か前からかな、ヒップスターって呼ばれてた人たちがどこへ行ったのか、不思議に思うことがあった。今じゃ、その手の人を見ると、左寄りで人権とかに興味あるタイプなのか、それとも少し見た目を気にするだけで考えは保守的な感じなのか…正直よく分からなくなってきてる気がする。

資本主義という仕組み自体が、時々変な方向に進むこともあるらしい。なんとなく聞いた話だけど、お金持ちには都合の良い形で社会が流れていくと、最終的に権力集中型の政治になりやすいとか。それで、例えばマクイネスさんみたいな人物もいて、トランプ現象を後押しした要素になったんじゃないか、と言われたりしてる。でも全部がお金儲け目的だったとは断言できないけど、一部ではそう見られているっぽい。

それにしても、「ヒップスター」って昔は資本主義への反発心とか、自分らしく生きたい人が集まるものだった記憶がある。世間一般には馴染めないような、ちょっと変わった趣味やスタイルを持つ人たちだったのかな。けれど結局、その波も消えてしまった印象だね。理由はいろいろ語られるけど、多くの意見では資本主義そのものに巻き込まれてしまったから、と言われている。細かい経緯まで覚えている人は少ないと思うけど、大雑把にそんな感じ。

だから、「ヒップスターって何だった?」と疑問に思うなら――答えは単純そうで複雑にも聞こえるけど、「時代の流れ」で片付いてしまう場合もあるみたいだよ。

資本主義の怪物、なんて呼ばれていたこともあった気がする。元々は、それに対抗するものとして始まったらしいけど、結局はそれと同じ方向に流れてしまったみたいだ。社会がどんな人を褒め称えるかっていう話、たぶん、お金とか見た目とか、そういうものだけで評価される風潮が目立つようになってきた頃だったかな。

ヒップスターという言葉自体、左寄りの叫びから生まれたはず。でも、時が経つうちに雰囲気も変わっていったようで、一部では右寄りの動きへの入り口にもなっていたとか。全部じゃないけどね。今でも、アートを本当に大切にしている人たちは少し残っていると言われている。ただ、そのムーブメント自体は既に終わったという声も聞こえてくる。こうなったのは、本気で創作していた人たちには責任はないと思うんだけど。

細かい話をすれば、「やや不自然な格好」とか「やたらと個性的な振る舞い」みたいなのが持て囃された時期もあったっぽい。でも、それもいつしか形骸化した印象がある。最近では、この現象について語る人さえぐっと減った感じがするね。

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Source: Fujisan.co.jp

Sarah Harris

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